近代以前の日本にも工業は存在していた。特に繊維や織、染物、藍、紅、酒類、鉄工業については精緻な分業が進んでいたことが知られている。これらの近代以前の日本の生産技術については、考証が進められている段階である。
黒船来航によって近代化の遅れを実感した日本では紆余曲折のあと明治維新が起こる。 これに前後して、幕府、藩、および明治政府は、日本の近代化のために留学生を渡欧させるが、その内容は兵学とともに生産技術の吸収が大きな目的であった。 富国強兵の富国がすなわち生産技術のことであった。
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明治維新後、殖産興業の名のもと富岡製糸場、新町紡績所、金沢製糸所などの官営の工場が作られたが、これらは技術も経営も欧米からのエンジニア(お雇い外国人)によって運営されていた。 工場の作り方を学ぼうにも、欧米人の技術者が言うことが解らない。 言葉は判ってもそれの意味するところが理解できなかった。 何しろ当時の日本には生産という言葉さえなかったのである。これでは工場の数を増やすことが出来ない。 核心技術を学び取れない状態に危機感を抱いた大久保利通は、明治4年から兵学を学びにドイツに行っていた井上省三に撚糸工場の技術を学ぶことを急遽依頼する。依頼を受けた井上は撚糸工場で働き始める。 1日14時間の労働に加えて、4時間を勉強時間にあてるという猛烈な仕事ぶりだったという。